エピファニー・シーズン「ある日を他の日よりも尊ぶ人もいれば、すべての日を同じように考える人もいます。それは、各自が自分の心の確信に基づいて決めるべきことです。特定の日を重んじる人は主のために重んじる。」 ローマの信徒への手紙14:5,6
12月25日をイエス・キリストの誕生日として、お祝いするようになったのは、キリスト信仰をローマ帝国の国教に定めたコンスタンティヌス皇帝の時、すなわち、紀元330年頃だと言われる。だから、正確なご降誕日は、定かではありません。カトリック教会や東方教会では、キリスト教暦が明確で、どの聖人の日が何日であるか、とまで定まっています。しかし、プロテスタント教会、特に改革派、長老派では、クリスマスやイースター、ペンテコステまた宗教改革記念日はお祝いしますが、昇天日、三位一体記念日、アドベント、レントの期間を特に覚えず、また、それに伴うアドベント・クランツのろうそくや、クリスマス・ツリーも飾らない教会も少なくありません。もちろん、神のみ子、贖い主、主イエス・キリストがこの世にお生まれになったことを感謝し、お祝いする信仰は篤くあります。しかし、元日(元旦)礼拝となると、ほとんど聖書的根拠がなく、異教の国・日本の慣習を、キリスト信仰者の群れで、取り込んだに過ぎません。
キリスト信仰において、アドベントの季節をクリスマス・シーズンとすると、クリスマス日(25日)の後はどうなるのか、と言いますと、あえて言うなら、エピファニー・シーズンということになるかと思います。エピファニーは、主の公現日(あるいは顕現日)と呼び、当方の三賢人(博士)が、神のみ子がこの世に現れた初臨をお祝いするために、赤星に導かれて、ナザレにやって来たとき、とされています。つまり、12月と1月上旬は、連続したクリスマス。そして、25日を分水嶺としてあえて分けると、前をクリスマス・シーズン、後をエピファニー・シーズンということになるのです。
ですから、私たちも元日礼拝を行いましたが、元日礼拝は年の初めという信仰にほとんど関係のない意味よりも、聖書に従うなら、お生まれになった日から数えて、8日目(25日も含む)の主イエス様の割礼の日となるのです。あえて、1月1日をこじつければ。
しかし、全世界への宣教の中で、それぞれの国や地域で、その地の慣習や、異教文化を飲み込んで、キリスト信仰化して来た人類の歴史の中で、日本という異教の国での最大の祝いの日、元旦を、主の年の初めの日に、神を讃える礼拝を捧げることにしたのは、また悪いことではないと思います。
セント・バーナバス教会日本語礼拝も、昨年は教会に集う方々から
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