まぐろと型の重要性合気道で俺が所属してる道場は、稽古が日・火・金とありますが、金曜は出られないことが多いです。昨日も会社で慰労会があったので行けませんでした。しかも汐留だよ汐留。たぶん、人生で初・・・だと思う。新橋で降りたの。
飲みましたよ。ええ。強くないのに。だって会社の人たちが来るしさー。偉い人が来るしさー。めんどくさいったらありゃしない。俺の周りは年齢の近い先輩だったので比較的平和でしたが。
で、昨日稽古出られなかった分を取り返すため、今日は別の道場に行ってきました。
徐々にいろいろ覚えていくのが楽しいね。まだ動きもぎこちないし、相変わらず後受身しかしてないけど、身体を動かすのは楽しい。早く皆と一緒の稽古をしたいもんだ。
ところで知らない人のために言っておくと、合気道には試合がありません。だから覚えた技を実戦で実践する、ということはありません。
稽古も基本的に、型にはまった動きをいろいろとやるのみです。何種類もパターンがあって、それの組み合わせでいろいろやってるのです。演武会ではあらかじめ相手を決めて、お互いの技の打ち合わせや練習もして、披露するのです。
じゃあ実戦で役に立たないじゃん。と思うことなかれ。型の重要性は型の流れそのものを覚えることにはありません。身体を型の動きに矯正して、いつでも型の動きができるようにするのが目的なのです。
身体が動きやすい動きがいい動きであるとは限りません。むしろだいたいの場合悪い動きです。できない人がいい動きをしようとすると、普通身体のどこかに無理が出ます。俺が茶道とか華道とかの動きをするときっと動けなくなるように。
自転車の乗り方と似てるかもしれない。乗れるまでは「ぜってーこんなの乗れねえよ。乗れるほうがおかしいんだよ」と思っていたガキンチョが、乗れ るようになると逆に転ぼうとしても転べなくなる。乗れる前のガキにとって身体が動きやすい動きは転んでしまうこと。しかし乗れるようになると乗り続けるほ うが自然な動きになる。
人間は身体の動かし方を知らないものなのです。だから武道では立ち方から歩き方、人の殴り方から投げ方まできちっとした型があるのです。人間の身体は矯正しなくてはいけないのです。型とはそういうためにあるのです。だから達人の動きは素晴らしい。
俺はまだまだ矯正がすんでないけど、何年後かには一挙手一投足が合気道家っぽく見えるようにがんばらねえとなあ。
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