親の想いと考古学
歴史を調べたりするのが好きで、各種の歴史本を読んだりします。歴史学といっても、古代、中世、近世、現代という歴史時間的区分があると、昔、歴史の時間に教わりました。しかし私が学校で教わった授業では、ほとんどが文字が出来てからの歴史が主流で、文字がまだ現われていない、いわゆる”先史時代”については、簡単なものだったという記憶があります。『考古学』などという名前もほとんど聞かなかった覚えがあります。
『考古学』は世界的にみて、比較的新しい学問で、組織的な研究が始められたのは19世紀からということで、日本では、明治10年に動物学者のエドワード・モースが、縄文時代末期の遺跡である、大森貝塚を発見、調査したのが、日本考古学の最初のものとされています。
考古学的発掘品、というものは、その時代を物語る資料となるものですが、現実に発掘品を見るのは、展示されている解説文を読むよりも、さまざまなことを考えさせられます。その時代に生きた人々の肌合いが分かる、といったらよいでしょうか。解説文の情報よりもそのものを見るほうが、いろいろなことが伝わります。遺跡から発掘された品を、一目見ただけで「数百年、数千年前に生きていた人達は、こんな想いで生活していたのだ」という、肌に直接伝わるような感覚を味わえてしまうのが、発掘品展示です。
今回、東京都江戸東京博物館で行なわれている『発掘された日本列島2007』を観にいったのは、そんな思いからでした。
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