ミッション

ここではっきりしておきたいのは、3年近く性被害に固執して、ネットで綴り続けてきた、
私自身の今のポジションである。

自分自身、性被害やハラスメントについて語ることは、正直もういい加減やめにしたいと思っている部分もある。現に私は、今まで何度も筆を止めてきているし、何を語っても通じないのではないかと凹むことのほうがよっぽど多い。

性被害やハラスメントを語ることは、
それだけ自分や他者を傷つける要素を多く含んでいるし、
個々で違う感覚や価値観の違いに悩まされることも多いから。

私自身、今までいろいろな人間を不本意に批判してきたり、
逆に全く私が知り得ない人間から心無い言葉を投げつけられたり、
ネットという顔の見えないコミュニティーの中だけでも、
ずいぶんといろいろな醜い人間模様を垣間見てきた。

それがリアルの世界になるとなおさらで、言葉がなくても通じ合える人間と、
いくら言葉を投げかけても通じ得ない人間のギャップに悩まされ、
自分が言葉が通じ合える人間とだけ付き合っていくことができたら、
この世の中、どんなに楽だろう、と思うときも多々あった。

もちろん、現実を考えたら、そんなことは決してできることではないけれど。
しかしながら、つくづくそう願う機会は、
自分の知識や行動範囲を広げれば広げるほど増えていくものである。

ただ、だからこそというべきか。

私はできるだけ自分と相反する人間の意見に耳を澄ましたいと思うし、
全部じゃなくても、公の、表面的な言葉だけでは到底知り得ることのできない、
個々の心の中にひっそりと隠されている痛みや葛藤、コンプレックスと向き合っていきたい。

なぜなら、未だ私が書き続けている一番の原動力は、一時は到底分かり合うことなどできないと諦めかけていた、自分とは相反する立場や物の考え方をする人間の琴線に触れることで、少しずつでも理解し合えたと感じられる瞬間がたまらなく好きだからだ。だからこそ、日々悩みながらも、それをさらにできるようになるにはどうしたら良いか?といつも思いを巡らしている。

しかしながら、そんな私の思いとはうらはらに、国も自治体も企業も、有識者である人間、または型にはまった人間の話は聞くが、少しでも「非社会的である」「常識的ではない」「一般的ではない」と判断された人間の意見は「黙殺」もしくは「排除」し、無菌室の中だけで政を決めていこうとする節がある。

それはとても怖いことで、実際そういう場面に直面すると、
誰のための法なのか、誰のための社会なのかと卑下せざるを得

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2005/12/31




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