自由の代償予測されていた雨雲が、気象モニターをあざ笑うかの
ように緩急つけたドリブルを披露して、
散々じらした挙句に、雑巾から搾り出すような灰色の
雨粒を関東に降らせた。
東北や北海道の読者は怒るだろうが、
三度の中傘をさして歩くのは骨なんだ。
足は震えてくるし、唇は色素を高速で失っていく。
ポケットにいれた熱が飛んだ携帯のフレームが、
布切れ一枚で太ももに張り付くのがにくい日。
そんな冷たい風をよそに、ただただそいつは
立っていた。
周りは真空。
おそらく色んなやつの思いがこの場所を通り過ぎて、
全部を飲み込むでも聞き流すでもなく、
辺りの空気を無差別に吸い込んで、
ただポツリと立っているんだ。
その場所には地層の奇跡によって生み出された
見事な色合いの石が、正確なスクエアにカットされ、
新しい旅立ちの名前をもらって、少年が静かで永遠の
眠りについていたんだ。
この国じゃちょっと前まで喧嘩と火事はなんとやらと
風情を持たせて呼んでいたみたいだけど、
今は自殺と過労死に席を譲っている。
その少年も、毎日当たり前のように起きている
華の一部で、特筆されることもなく、病院で家族に
見守られて死んだじいさんや、長寿をまっとうして
目を瞑るように息を引き取ったばあさんと同じように
並べられ、家族の参拝を受けるのだ。
なあ、死は誰にでも訪れるし、ある意味平等だ。
だけどその直前までの刹那の時間を、おれたちは
一体何を求めて過ごすんだろうな。
少年はその小さな器に何を込めて、
短き永遠を生きたのだろう。
今日の午前中、群馬の某所に行った。
地方の町じゃありがちだけど、大きな企業が支社や
工場を構えて、雇用や税金の大半を握ることによっ
て、市政への影響力や役所とのズブズブで、
その企業の社員が飲み食いして落とす金で商店街
が成り立っていて、事実上いち企業が町そのものを
支配しちまっている構図があっ
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