おくりびとの舞台となった七五三掛地すべりを見てきました先日山形市で応用地質学会の研究発表会がありました。一般発表とポスターセッション合わせて103件もの発表があり、盛会でした。懇親会では美味しい日本酒とワイン、山形名物の芋煮と山形牛のローストビーフ、いずれも大変美味しかったです。学会のあと、地温研のメンバーが、七五三掛地すべりの見学会に誘ってくださったので、それに参加しました。山形は丁度紅葉が見頃で、鶴岡市朝日村までの道中大変綺麗でした。七五三掛地すべりはこの2月融雪期の始まりに、急激に気温があり融雪水が多量に地下に浸透したために生じたもので、その生々しい姿を見ることができました。上部滑落崖の少し上に「おくりびと」の舞台になった人家がありました。「おくりびと」の舞台は本当は富山なのに何故山形のこの場所が映画の舞台になったのか不思議!また、即仏身(生き仏)で有名な注連寺も滑落崖のすぐ上部にありました。このお寺には明治に入ってからの生き仏もあるとかで、この時代でもそういうことができたのかと思った次第。この地すべりの滑落崖周辺には民家が集中していましたが、いずれも陥没帯の中にスポットはいるような形か、亀裂の間際に建っていて、まるで地すべり活動によって家が破壊されない場所が予め判っていたような場所に建てられていました。亀裂で破壊された家は1軒だけでした。緊急的に浅い地下水を排除するために地すべりの幅一杯に沢山のディープウェルが掘られていました。これによって現在は移動速度がかなり小さくなったようです。地すべり地を一回りして、「米の粉滝」という紅葉に映えた素晴らしい滝を見て山形に戻りました。1947発の夜行バスで京都に戻りました。
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