一人ゴト育児の壁に突き当たるのは、これが初めてではないが、その度に自分の過去を振り返ってしまう。
私の両親は共働きで、小学校に上がった時から鍵っ子だった。
滋賀に来る前の西宮では学童保育や、祖父母の家が近かったのもあり、そんなに寂しいとは思ったことがなかった。
が、滋賀に来ると学童はなく、小学校から帰ると誰も居ない家。
長期休暇に入れば、妹は保育園。私は1人家にいる。両親は当然不在である。
母親に云えば、きっと怒ると思うが、私は母親から愛されたという記憶がない。
母親らしい事は数多くして貰ったが、決定的に私だけへの、母親からの愛情を感じた事がない。
同じ境遇に立った今、初めての育児は手探りであり、未知の世界を探りつつ・・と云うのは分かっているが、やはり小学生の時分の寂しさは、一生消える事はないのだと思う。
まだ、今ほど共働きが多くなかった時代、友達の家はお母さんが居てるのに、我が家は・・
きっと私が普段お姉ちゃんに云っている事は、母親が私に言っていた言葉そのままなんだと思う。
もっとベッタリしたかった時分に、甘やかされなかった。
一番上で、甘え下手だったのもあると思うが、やはり子供は親に甘えたい。
その短い時期に、上手く甘えられないと、私のような人間が出来るんだろうなと思う。
お姉ちゃんの甘えたい気持ちがよく分かるが、その気持ちを、どうしてあげればイイのかが分からない。だって、自分が経験していないから。
育児が上手く出来ないのも、子供を好きになれないのも、私の欠陥した心が問題なんだろうなと思う。
結婚当初、周りは冗談だと受け取ったみたいだが、私の育児方針は一貫して変わっていない。「虐待せずに、死なさずにすること」
今も変わらない方針である。
今は2人とも無事に育っているが、これからどうなるのか、私にも分からない。
最近のボクは本当に言う事を聞かない。
反抗する。止めなさい!と言えば、余計に調子に乗ってやる。
育てる自信がないです。
ついついお姉ちゃんに当ってしまうし、本当、私みたいな人間が結婚だの出産だの、人並みの幸せなんか求めるんじゃなかった。
専門学生時代から、自分のそう云った傾向は分かっていた反面、自分の家族ってのを強く望んでいた処もあり、そういった気持ちはずっと封印してきたが、やはりココに来て、育児の困難さを感じ出す
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