コーヒーの記憶

明るく透明な日差しがココヤシの葉を通して降り注ぐ朝、波に洗われる砂を踏んで茅葺きのメス(食堂)に入り、テーブルに座って、いつものように眠そうな顔のマスターに声をかける。
「スラマッ・パギ。アパカバル?(おはよう。げんき?)」
「ヤ。スラマッ・パギ。ミンタ・コピ?(ああ。おはよう。コーヒーかい?)」
インドネシアのロンボク島マングローブ植林事業のベースキャンプ、シオラコテージの一日はいつもこんな風に始まった。
しばらくして運ばれてくるのは、ビールジョッキのように大きく重いグラスになみなみと注がれたコーヒーとグラニュー糖の砂糖壺。
パウダー状のコーヒー粉を入れたグラスに熱湯を注いだだけのコーヒー。
カレースプーンのような大さじでグラニュー糖を3杯も4杯もすくい入れてかき混ぜ、粉が沈殿するのを待って、強い香りを楽しみながら甘い甘いコーヒーをすする。
ボートの準備、苗の積み込み、今日の作業の手順の打ち合わせ。
厳しい作業の前の朝のひとときが、いつものように過ぎていく。
日陰ひとつない熱帯の無人島での作業は、ものすごい勢いで体力を消耗する。
そこでは、この甘いたっぷりとしたコーヒーが必需品だった。
作業中、おもわぬスコールでずぶ濡れになることもあった。
雨があがり、乾いた風が吹きだすと、今度は気化熱で急速に体温が奪われる。
熱帯だというのに、寒さに身体を震わせながら帰り着いたコテージでは、マスターがあの甘いコーヒーをたっぷりと用意して待ってくれていた。
夜もまた、ガスランプがともる茅葺きの食堂で、天の川が美しい星空をみながら、このコーヒーを楽しんだ。
今、都会で味わうコーヒー。
香りも味も比べものにならないほど洗練され、上品なカップに注がれたコーヒー。
なんの非のうちどころもなく、飲むたびに安らぎと満足を与えてくれる。
なのに、私の舌は、今でもときおり、熱帯で過ごした厳しくも楽しかった日々の記憶とともに、あの素朴なコーヒーの、甘い味と強い香りを探し求めている。

2007/02/10




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