第12回 プラティエス㈱社長 池澤ショーエンバウム直美さんプロアクティブな《きっかけ》作りがキャリアを変える
私は2年前にプラティエスという会社を作りました。その理由は人の集まる広場を作りたかったからです。ギリシャ語で広場を意味するプラティアの複数形がプラティエス。どうせ作るならたくさん広場を作ろうと思いました。これから転機の多かった波乱万丈の私のキャリアの軌跡をお話ししますが、今日のこの場も私たちの広場、どうぞ何時でも何でも質問をしてください。
変身願望、「らしくないこと」への挑戦を続けた学生時代
自分のコアがいつ出来たのかを考えると、たぶん中高時代に遡るのではないかと思います。中高時代の私はいわゆる優等生でした。でもそういわれるのが嫌で、表ではあえて馬鹿なことをし、家に帰ってはガリ勉をしていました。「いかにも~」と言うのに反抗していたわけです。今でもキャリアカウンセラーには見えないといわれると嬉しい。求められているイメージから、意表を覆すのが好きなのですね。中高時代は女優になりたかったし、留学もしたかった。自分には変身願望とともに、閉所恐怖症があり、広い世界でないと住めないと思っていました。大学はお茶の水女子大に入りましたが、ここでも「お茶大らしくない」大学時代を送りました。この時期に、その後に大きな影響を与える二つの運命的な出会いをしたと言えます。
一つはある会社の学生重役を二年間勤めたこと。学生の柔軟な発想力を企業経営に取り入れたいというインターンシップの先駆けのようなもので、「ビジョン・スチューデント」という名前がついていました。2000人の学生が応募し、5次試験ぐらいまであっ
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