大学最後の年大学生活最後の年。
この年の前半は公務員試験と大学の授業しかほとんど記憶がない。
公務員試験は、予備校にも通ってそれ一本で考えていた割には、勉強量は圧倒的に
不足していて、結局道職員上級、中級、警察官、国家Ⅱ種、旭川市役所と全滅。
あっという間に就職浪人が決まってしまった。
たぶん、来年もほとんど同じところを受けるのだろう。
きちんと戦略を考えなければとつくづく考えさせられた。
一方、大学の方は、ゼミに入っていなかったので、頑張れば前期で卒業単位を
満たせるということもあり、4年生の割には多く通っていた。
おかげで、卒論も書くことなく前期で卒業確定。
あとは一年、びっしりと公務員試験の勉強をして、就職を決めなければ。
・・・とは言いつつも、4年の後半は、まわりに留年している先輩や留年の決まった友達が
多かったこともあり、精神的には比較的のんびりとしたもので、またサークルに顔を
出すようになり、勉強も「まだ時間はたくさんある」という感じで、のんびりやっていた。
昔からなのだが、どうも本当に崖っぷちまで追い込まれないと本腰を入れられない。
こういう物事への姿勢は今後の人生でも大いに足を引っ張っていくのだろう・・・
あとは行ったことのない場所もあちこちまわった。
中には二度と来ることのない場所も多くあるから、たくさん見ておかないと。
動き回るのは苦にならなかったので、ガイド片手に秋葉原、お台場、上野などの都内や
鎌倉、横浜などをあちこちまわった。
4年の頃は来年北海道へ戻るのが確実なのもあって、彼女がほしいという気持ちは
なくなっていた。
ただ、友達に教えられた風俗には逆にハマってしまい、週に1回はピンサロへ
通ってしまっていた。あぁ・・・
大学は語学でクラスが分けられていて、朝鮮語のクラスは37クラス中1クラスしか
なかったこともあって、3年間同じであり、教室で一緒にいるときは仲はよかったが、
それぞれサークルや部活など別にメインの居場所となる場所がある人たちが
多かった分、授業以外でのつながりが薄かったのはほんの少し残念な気がするが、
これが社会人手前の大学生なのかなって感じでもあった。
実際、自分もサークルがメインだったし。
こんな感じで、大学の規模の割には大学内での知り合いは少な
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