徴~きざし~

結局この一年も私の実になる事象はほとんど無かったのだろう。

人からはとやかく道徳について真実について説かれ。そんな分かりきった結果を人々は淡々と述べていた。だから今回もこんなことを記したとしても誰かは「お前は何も分かっていない」と反論するだろう。確かに今日の私は昨日とは違うし明日の私も今日とは違うだろう。しかし、そんなこと当たり前ではないか。私はもっとこう、私自身を躍動的にしてくれるイベントを欲したのだ。そう、結局環境が変わったとしても私自身はなんら変化は見られなかった。それが結果なのだ。何がほしいと一丸には言い切れないが、自分を凌駕し、驚愕させ、その結果で私を刺激的にさせる何かを求めたのだ。だから、世の人々が述べる「どうでもよくつまらない日常の理論」には興味ないのだ。

明日で私も10代最後の歳を迎えることとなる。自身と他者との矛盾(見解の相違)が一層私を孤独にさせる。この歳最後の日を私はまたしてもどうでもいいことに費やした。もう嫌なのだ。私自身の意志の弱さには飽き飽きだ。

自身の気持ちは目標に近い位置にあるのにどうして私には理論が付きまとうことが無いのか?

意志があるなら最後までその意思を貫く強さが欲しい。

心と体
2008/09/29




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