(続2)チベット問題080409

1.産経新聞が【主張】「北京聖火リレー 五輪精神に基づく解決を」(2008.4.8)を掲載した。
産経新聞は私が覚えているだけでも、1970年頃、「東大全共闘」 なるテロリストを徹底暴露・追及され、その後は多くの新聞が「日本は中国への侵略を進出と教科書を書き換えた」と大誤報したのに対し、率先して新聞第1面を使い、誠実な訂正と反省を述べられた。最も誠実なモラルの高い新聞の1つとして知られるまさに日本の良心・木鐸の1つである。
今回主張も、世界の自由と民主化を願っての、真摯な正論を述べられたものだが、当HPの考えではいくつかの納得できぬ点が含まれていると思われるため、率直な意見を申させていただく。

1*第1に、「開催国」という言い方で、中国を「チベットで人権抑圧を訴える声が噴出し、多数の死傷者が出ている現実を・・開催国を含む国際社会に解決を訴えることは、政治を超えた、五輪精神にかなう行動ではないか」とされていることだ。

だが前々回記事「チベット問題080405」で述べたとおり、中国は「オリンピック開催国」ではない。五輪は国が主催するのではなく・都市に開催権が有る。つまり、北京市は開催市だが・中国は開催国ではない。だからチベット問題と北京五輪は何の関係もないのだ。

確かに誤解が多く、中国を開催国と呼ぶ人も多い。或いは「開催市が存在する国」の意味で「開催国」と言っている人も居るであろう。だが何れにせよ、国が開催しているのではなく、中国は北京市に協力しているだけだから、チベット問題を五輪に結びつけることは無理だ。

2*第2に、「北京五輪開催が決まった2001年のIOC総会・・で・・北京市長は「五輪開催までにあらゆる分野で国際標準化を図る」と述べた。・・この約束をほごにしてほしくはない」ということだ。つまりチベット問題が噴出することはこの約束に反しているのではないかと。

だが同様に、北京市は約束を守っているのだろうが、チベット問題は北京市にはどうしようもないことだと思う。

3*第3に、チベット問題を五輪に結びつけ、チベットの一部の人の政治的野望を実現する為に五輪を政治利用することは、現在行われているような暴力的な、テロを手段とするものは論外だが、言論に基づくならば許容すべきなのだろうか?

だが、法律の限度内に有ることと、道徳を真に守ることは別次元の話ではないだろうか?
結局五輪の政治利用とは、チベットを弾圧している中国には五輪開催を認めるなということだ。実際、北京五輪を認めたのは

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2008/04/09




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