1972.2 鶴見川橋梁 0系 若番

 なんだか、前回は「新幹線」についての書きたい事をかけないままの消化不良で終っていたみたいなので、続編を。
 前回は、標準軌のワイドな素晴らしさに感動したあたりで終っていました。1989年に横浜博で見た中国の前進型蒸機の大きさ、ボリュームは実感出来るいい例です。
 実は、高校の時に品川にあった新幹線東京第一運転所で車内清掃のアルバイトをしました。当時、時給は高校で480円くらいだったでしょうか。なのに、そのバイトはなんと、忘れもしない240円でした。清掃は、一車両に2人、ただし、当時食堂車は無かったのでビュッフェは客室が半室のため一人。そして、便所屋と呼ばれていた洗面所、トイレ選任に16両編成の半分ずつの8両分を受け持つ3人チーム。それと、作業長(男)一人、副作業長(女)一人の総勢((普通車、グリーン車2人×14両)+(ビュッフェ付車両1人×2両)+(便所屋3人×2)+作業長+副作業長)38人が3組いたと思います。一日で、6本くらいを清掃しました。
 朝、品川の地下通路の海岸口寄りにある、1メートル程のドアを背をかがめてくぐり抜けると(まるで不思議の国のアリス!)そこは、車両清掃のおじさんや、おばさん、検修掛、運転士、車掌がうろつきまわる別世界が拡がっていました。毎日出勤すると、ボードの車両番号の下には本日の担当の名札が貼ってあって一喜一憂したものです。清掃時間は約50分です。トイレのない座席のみの車両は22列。トイレ付きは20列。先頭車でも東京寄り16号車はトイレなしで18列。そして、大阪寄り1号車はトイレが付いて15列でした。無論、運転室内も清掃対象です。だから、1号車や16号車に当たると一日ウキウキでした。特に15列しかない1号車は最高でした。担当車両に行くには必ず8、9号車から入りました。先頭車両が担当の時には車内に入ってからも200メートルを歩くのです。清掃中には、当然運転席に座ってみたりしましたけど、必ずタイフォンペダルを誤って踏んでしまい、あの独特の警笛音を楽しみました。それにしても高い運転台です。さすが標準軌です。特に、運転席横の窓を開けると目が回るほどの高さ(おおげさ!)でした。また、構内の踏切で待

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鉄道
2007/03/29




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