ガンダーラに向かって原始仏教を考える

          何故 原始仏教か
ここまで通って来たシルクロード沿いの多くの石窟などに示されて来たのは 当たり前の事なのですが 仏教の遺跡です。
それは また当然の事としてそこには仏教の教えがありました。 私達は そこに残されている像や壁画などから ある程度の事は意味を感じる事が可能です。
しかし 像や壁画の基になる物は仏教の教えです。  その教えを基にして その像や壁画が有るのですが 私は何故か 個々の宗派的な教えよりは 元々仏教て一体なになのて 感じてしまいました。
その自分の 感覚に基ずいて 仏教の教えの出発点の仏陀の教えに付いて知りたいと思いました。
しかし 調べていくとこれは とても大変な事が分かりました。  仏教は仏陀の死後約2400年の間に その時間的な経過の中で 様々に変化しただけでなくて 元々の仏陀の教えが非常に限られた形でしか残っていないのです。ですから その残された 原始仏典と呼ばれる物を元に考えて行きたいと思います。
 それは 私のような素人にはとても手に余りますので 幾つかの書物の記述を元に 自分なりに整理してみたいと考えます。

          原始仏典とはなにか
原始仏典に付いて 奈良康明氏の「原始仏典の世界」では次のように書かれています。
  「原始仏典の中でも、「ダンマパダ」、「ウダーナ」あるいはこの両者と深くかかわっている「ウダーナヴァルガ」という作品、また「スッタ二パータ」「テーラガーター」「テーリーガーター」などのテキストは原始仏典の古層に属し、あるいは少なくとも古い伝承を忠実に保っていると思われます。」
 と書いてあります。

これらの仏典の中でも 特に最古層に属して仏陀の直接の教えに忠実ではないかと 言われているのが「スッタ二パータ」です。

この「スッタ二パータ」に関して 中村元氏は その著書「原始仏典を読む」で次のように 述べています。
「歴史的人物としての

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2009/06/23




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