しあわせのカケラ

たとえば
喉が渇いたから水を飲もうとする。
コップがないなら、手に水をためてすする。
手の中の水は多分半分くらいしか飲めず
後は指の間からこぼれ落ちていく。
当たり前か。

幸せについて考える。

たとえば
それが心を潤すものならば
手ではなく、コップにきちんと入れなきゃダメ。
手には隙間があるから
半分は落っこちてしまうから。

でもなかなか…
しっかりとしたコップは見つからない。

案外、簡単に見つける人もいるけれど
私はいつもハズレくじ。

だから一生懸命、手ですくっては心に流す。

でもようやく、それこそがまやかしだと気付く。

やっぱり何事も土台が必要。
汚い手を使おうが綺麗な手を使おうが
短時間だろうが長時間だろうが

コップを持つ人はコップを選んで土台にする。
そこにできそこないのコップはない。

私のコップはどこにあるんだろう。

たとえば
幸せなんて一夜の夢だと思うのなら
多分、幸せを逃がす自身が悪いのかもしれない。

全ては運だけでもないんじゃないかと私は思う。

日記・コラム・つぶやき
2008/08/07




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