プラトン(??/1967)

本書の詳細は次の通り。

プラトン(??/1967).『パイドロス』(藤沢令夫(訳)).岩波書店.

感想:本書は、まさに訳者が述べているように、「哲学のすすめ」といった感じの本でした。恋(エロース)についての部分と弁論術についての部分に分かれていますが、その内容が行き着くところは同じで、真実の追求の重要性が説かれていたと思います。

恋の部分については、リュシアスの「自分のことを恋している人よりも恋していない人の方を大切にするべきである」という主張をベースにして展開します。登場人物のソクラテスは、リュシアスとは逆の主張「自分のことを恋している人の方を大切にするべきだ」という考えを展開します。そして、なぜそのように主張するのかということを根源的に魂(プシュケー)のレベルから考えていきます。本書では、p. 52からp. 85までの範囲でこのことが詳しく議論されていました。恋とは狂気であり、これは神から授けられたものであるとソクラテスは述べます。そして、魂は不死であり、自らを動かすという性質(本質)を持っていると彼は主張します。そして、魂は善悪2頭の馬とその手綱をもっている御者というイメージで捉えられていて、生えた翼をもってしてイデアへと帰ろうとします。しかし、何かのきっかけで真実性を見そこない、地上に落ちる魂もあり、その魂がこの世で生を送る中で美しい人に出会い、そのことをきっかけとして美のイデアを思い出し、イデアへと帰るための翼が再び生えてくること、それを「恋」と呼ぶのであると主張してありました。美は視覚に訴えるので、他の真実性に比べるとイデアを想起しやすいと考えられていたようです。

次に弁論術についてです。多くの弁論家は、真実そのものを把握するということはあまりせずに、手本の暗記、弁論のための弁論、といったことを行なっていたようで、そういった風潮を是正しようとされていました。当時の弁論家は、真実そのものよりも、真実らしく見せようとすることを重視していたそうです。ソクラテスはディアレクティケーという概念を提示し、そこには分割と綜合という方法を組み込んでいます。この方法を駆使して真実を追究することが必要だということです。しかし、その形式的な面だけを重視すればよいというのではなく、その内容的な面と不離の状態で真実の追究に臨むことが必要だと述べていました。

まさに、哲学の語源、知への愛、ということを髣髴とさせる本でした。以前、『メノン』を読んだことがあるので、この本での魂の議論は比較的すんなりと理解することができました。ここでは魂の議論のほんの一部しか紹介していませんが、かなり系統だって述べられていますし、注釈も充実していますので、詳しくは本書をご覧下さい。また、ディアレクティケーについ

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2009/07/10




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