自分の行為を突き放して見る
あたしが夫以外の特定の異性の方と、お話したからと言って、何の話題にもなるわけでもないし、問題になるわけでもないのになぜこれに拘るのかという、あたしの心理。
これは言うことのほどでもない簡単なことで、あたし以外の既婚女性のほとんどは同じような気持ちに揺らぐ経験を持っているはずだ。つまりCとAが拮抗している。でも、その差が人々によって違いがあり、生まれながらの性格となっている。直ぐハイな気分になっちゃう人、冷静な人というふうに。
いくらハンサムであろうと、イケメンであろうと。あたしは直ぐにはハイな気分にはなれない。おそらく大半の方達がそうだろう。二つの自分の心が巧くバランスをとっているのだ。
だが、そのときの状況如何によっては気持ちが変化が大きく揺らいでしまうことが多い。つまり心のエネルギーがC、A、Pのどれかに集中してしまう。
たとえば、趣味が全く同じで、音楽とかで、好きな作曲家とか曲が同じだったり、その曲に対する感ずる部分に共鳴したりするとかがあると、急にした親しみが沸いたりしてきて、気持ちが傾いてしまう。たまたま、そのとき見た彼の笑顔が何とも素敵で、あたしを見る彼の眼差しに仄かな愛しみみたいなものが宿っていたとか。……あら~
また、別の例を考えてみよう。
あたしのある友人が、日常、夫から一方的に可愛がられ、自分では何も出来なかった人形のような女性だったとしよう。ところが、突然、夫が交通事故にあって即死した。子供を抱え泣き崩れる日々だろうと思いきや、暫くすると、どこかに働きに出かけ、したたかに生きている。
よくある話だが、これなどは、夫に急死されたことにより、彼女にとって、もっとも重要なことが、子供達に対する親としての役割となったからである。
【何も出来ない性格】と【たくましく生き抜く性格】という一見矛盾した性格が、実は、どっちも彼女の真の性格にほかならなかった。
これは見たところ、やっかいな性格であ
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