行雲流水ー鶴首を挽く

 今日、岡山にある茶道具の店「奈々瀬」から催し案内が届いた。その中に「行雲流水」とあった。

 「行く雲、流れる水の如く悠々と自在に場所や形を変え、無執着で自由に生きる姿を指す」と解説してある。

 この生き方は、まさに主が理想とするところだ。退職以来、何ものにも捉われることなく、仙人の様に自由に生きたいと思いながらも、いまだ惑うところが多過ぎて理想とは程遠いのが現実である。

 しかし、土を捏ね畑を耕して悠々と生きる生活は得る事ができた。

 今日は、そんな畑から梅雨の合間を縫ってトウモロコシを収穫した。

 草に埋もれた畑から収穫したトウモロコシ。実が、はちきれんばかりに詰まっている。

 早速茹で上げて食したが、とても甘くて美味い。生でかじってみたがやはり甘い。自然の恵みに感謝。

 もう一方の土を捏ねる生活も続いている。

 今日は鶴首を挽いた。主は、鶴首が備前の究極であると思っている。

 鶴首は難しい。擂鉢と同じようにしばらく造っていなかったのだが、なぜか急に挽きたくなった。

 今までいくつか作ってきたけれど満足できるものはできていない。

 唯一、作品集に載せている

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陶芸
2009/07/03




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