有線放送と呼ばれた電話 有線放送はBGMというイメージを持つ人が多いだろう。ワシが子供の頃、有線放送と言えば電話のことだった。有線放送の電話機は黒電話と同じ形でダイヤル(現在ではプッシュボタン)の代わりにスピーカーがついていた。通話の時間が1時間あり、その後放送の時間が30分あり、その後も通話の時間と放送の時間を繰り返した。通話の時間に受話器を上げると交換手が出て、話したい相手の回線番号と回線内の相手の番号を告げる。1回線に15軒くらい入っていて、交換手は相手の回線に繋ぎ「○番さん」と言うと、その回線に属する15軒くらいの家の電話機のスピーカーから「○番さん」という交換手の声が聞こえる。○番の人が受話器をとると通話ができる。しかし、通話中に同じ回線の人が受話器をとると話を全部聞くことができるという欠点があった。また、有線放送が入っている同じ町の家とは通話できるが、他の町の電話(当時は電電公社)とは通話できない欠点もあった。しかし、交換手に依頼すると簡単に多くの人に連絡できるという利点があった。たとえば、修学旅行の時期には交換手が「○小学校の修学旅行生徒は全員無事旅館に着きました。」という放送を電話機のスピーカーから聞くことがよくあった。しかし、昭和50年頃に電電公社の電話が普及し始め、わしの故郷から有線放送と呼ばれた電話は消滅してしまった。しかし、地域によっては有線放送電話がまだ存在し、秘話機能、ダイヤル自動化、他事業者への通話が可能になっているようだ。
なお、放送の時間は交換手の休憩の時間にあてられていたと思われる。放送の時間にはNHKラジオ第1放送が流されていた。したがって、ラジオではなく有線放送で「1丁目1番地」のようなドラマや「おや、おや、なあに」のような子供番組を聞いていた。好きだったのは「応答せよ、ゼノン」のようなSF・冒険ドラマだった。次回はそのドラマについて書くつもりです。
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