○○というシステム前回書いたとおり、アメリカは、世界中の国から一番優秀な人材を集め、競わせることで国家の競争力を持つという仕組みを作り、頑なに守り続けている。これは“アメリカというシステム”なのだ。
このシステムが機能している限り、アメリカ国内で格差社会がどんなに広がろうと競争力自体に影響は出ない。世界一優秀な人材達は、いつでも「一番稼げる職業」に着くことができる。製造業が衰退しても、金融やIT業界、弁護士、会計士等で世界を席捲すればよいだけの話である。
最強の軍事力を背景に世界のエネルギー資源を抑え、ドルという通貨のパワーを維持し、会計基準や特許などの国際ルールを自国にとって有利なように変える努力を怠らない。これらの要素がすべて一体となって、アメリカの強さを支えているのである。
アメリカだけでなく、グローバル化が進む中でも高い競争力を維持している国は、自らの強みをしっかりと認識し、それをさらに強化することを地道にやっている。例えば、スウェーデン、フィンランドと言った国は、高福祉の側面ばかりが注目されているが、ボルボやエリクソン、ノキアをはじめとして、高い技術力を持った企業が経済を支えている。
それぞれ人口は1000万人以下であり、国内市場が小さいため、大幅な輸出依存経済とならざるを得ない。それを成り立たせるための工夫に国を挙げて取り組み、成功しているのである。それはスウェーデンというシステム、フィンランドというシステムを作るということにほかならない。
日本においても、国力に関する大部分の要素を丸ごと含んだ、大きな視点から国のあり方を議論しなければならない。“日本というシステム”のあり方の再定義が求められている。他国の成功例を部分的に引っ張り出して、それをそのまま日本に当てはめればうまくいくといった短絡的な考えは捨てなければならない。経済・産業、労働・雇用、福祉、教育を含んだ構想を今こそ示すべきである。
次回より、日本の将来像を描く。
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