負うた子に教えられ代わり映えのしない毎日、主人は孫命になっている。あれやこれやと用事を作っては電話をせっせと。猫なで声で電話。「おじいちゃん、めいちゃんのこと一番大好き、めいちゃんは」となにかと聞きたがっている。さしもの孫も煩がるかと思いきや、「ありがとう。めいちゃん、おじいちゃんのこと大好き。おとうさんも、おかあさんも、ほうちゃんも、おばあちゃんも、おじさんも、みんな大好き」上手な受け答えだわと感心していたのだが、さらに続きがあった。
「おじいちゃんのこと好きだけど、みんな大好き。おじいちゃんも、みんな大好きにならなきゃ駄目だよ」あんにめいちゃんだけを大好きと言っている、じいさんを嗜めた。一人だけを好きと言っているのは、違っているよ。みんなのこと好きにならなきゃ・・・というわけである。
おじいちゃん、びっくらこいている。そこで反省すればいいものを、わが孫はよほどできた子ではあるまいか、となにかにつけて私に報告するのである。孫自慢もここまでくりゃ、あほというしかない。
おじいちゃんから好きと言われての窮余の一策にすれば、なかなかの答えぶりではある。こんなことって、親のしつけでもなければ、普段からの勉強でもなく、子供ながらの咄嗟の反射神経みたいなものである。だから、こんな言い方は、本来のその子供の持っている正直な反射だろうと思う。
負うた子に教えられ・・・というのは、大人になるに従ってのさまざまな経験がむしろ負の方向に向き、ただの子供の反射みたいなことが、かえって曇りがない純粋な答えにみえるということかもしれない。
成長するというのは、外から見るとなかなか大きくなったなどとわかるけれども、本当はちっとも成長していないということがばればれになっていることもあるかもしれないと思う。
ただの反射神経みたいな答えはいくつぐらいまでしているものだろうか。孫の成長はなかなか面白い。
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