コミュニケーション

下の孫、二歳を迎えたばかり、男の子ということもあるでしょう、一日中何かをぶつぶつ言っているのだけれど、はっきりした言葉になかなかならず、まわりも言葉を教えたくてうずうずしているのだけれど、なかなかうまくコミュニケーションがとれない。最近電話に出たがり、電話の向こうでは一生懸命なにかを言っているのだけれど、言葉のやりとりにはなかなかならない。でも電話の相手が私、ばあさんと話ししているのは一番ご機嫌がよく、電話が一番長いのだという。長く話しをするこつは、ひたすら私が「ほうちゃん、上手に言えるね~。よかったね~。楽しいね~」とひたすら本人を受け止め、ほめまくるのが、はっきり何かはわからないけど、本人はとても嬉しくいつまでも話、あれで話なのか?を続けるのです。「バイバイ」なのか「バーバ」なのかわからないけど、とにかく理屈ではなく、褒められている、受け止められているというのが声のイントネーション、調子でわかるのでしょう、とても嬉しいらしい。

コミュニケーションというのは、言葉のやりとりに負うとことが大きいけれど、言葉の意味がわからなくても声質、イントネーション、言葉の調子を通してできるというか、気持ちだけは交換できそうである。わずか二歳であるけど、自分が褒められているとか、聞いてもらっている、受け止めてもらっているというのはすごくよくわかるらしい。もっともこっちは大変である。言う言葉がなく、ごちゃごちゃ言っていることの意味を推察して、それにさかんに賛同してやらなきゃならないので電話終わったあかつきにゃぐったり。でも孫が喜んでいるとあればなんとしても頑張りましょうである。上の孫はもうじき6歳、いっぱしのものである。主人孫の声聞きたくて、さかんに電話する、喜ぶと思ってなにやかやしょっちゅう送っている。すると孫から「ありがとう」の電話あり、またしても声聞きたくて、娘に孫を電話口にだすよう督促すると「またかよ」などの声が聞こえながら、電話口にでると愛想がよくなって「おじいちゃんありがとう、今度は」の話。もういっぱしの大人の対応である。

子供の言語獲得能力と、大人への対応のしかたの学ぶことのすばやさには目を見張るものがある。

ただどんな小さい子でも、言葉の中味までいかなくても、言語の中を理解して感情を表現するのはとっても上手である。騙すなんてことはすぐ見透かされるに違いない。子供には正直であるべきであると思う。言葉の後ろを読むなんてことなんて知らないのだから。ただコミュニケーションて案外簡単なのだが、それは感情でのやり取りが主、本当に正直であるだけである。かえって疲れそうか、

どんなに言葉が通じなくても、受け入れてくれる、承認してくれることって嬉しいのですね。子供をみていると素でいることって、案外簡単なのに、

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日記・コラム・つぶやき
2008/10/07




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