プレゼントさりげなくテーブルの上においてあるもの、針とおしであった。23年前に眼病わずらいそのための入院5回、以後目医者にかからぬ年はない。そのつど治しているのだが、いずれも対症療法。23年もたってこれだから病気とすればおとなしいと医者はいうけど、少しずつ目の力が弱まってきたのは仕方ないかも。でも趣味というよりも習慣みたいになっている読書はやめられない、さすがに疲れるので最近ではもっぱら軽いものにばかり、頭もそれにつれて軽くなってきた感がある。秋の空、澄み渡って真っ青なんてこともあるだろうけど、私は晴れた空といえども、曇りガラスをこえたような空しか見たことがない、何十年もそうだからこんなものであるけど、硝子体混濁のあとはもうとれようもない。いっつもゴミがうかんでいる、そしてそれが降っている。さらに年とともに老化という難物も。日常の生活は難なくこなしているし、まわりの人誰も気づいてはいないけど故障した目も身の内である。
針仕事はもっぱら外注ですますのだけれど、少し針仕事をしなきゃならないことはしょっちゅうである。ボタンがとれた、襦袢の半襟を付け替えたい、綻びた、大事ではないけど針仕事である。いっつも針を通すのは一苦労である。針の太さを大きくすれば、針は通りやすいけれど縫いにくい。主人はもともとは近眼であった。老眼になればめがねいらなくなる人もいる。両目とも手術した人ではあるけど、近くは私よりもまだましかもと、針とおしを頼むことがある。向こうも心頭滅却したような真剣な顔でようやく成功するといった有様。
そこで針通しを買ってきてくれたのであろう。プレゼントが針通しかいってなもんだけど、過ごしてきた年月の深さを思うのです。若いときは似合いもしないのに、宝石なんて言ったこともあり、ちっこいオパールのペンダントを買ってくれたこともあったけど、そんなちっこいのは気にいらず、以後取引先で宝石取り扱っていたこともあり、似合いもしない、いりもしないのに、宝石にのめりこんでいたこともあった。今夢のあとの指輪、サイズもあわず、箱の中で眠っている。今となれば、針とおし、なによりのプレゼントであります。なんだかしみじみとしてしまう。
目は大事と十分に承知しているけれど、使わないから大丈夫なんてのじゃないから、今までどおり普通に扱うしかない。幸い私のまわりには、まだ手伝ってくれる人もいるのでどうにかなるのだけれど、全部一人なんてことになると大変かも。
こうしながらも目はじゃかじゃかする。でもパソコンを通じてほんのちょっぴりの世界と繋がっている感じは悪くなく、もちろん続けていくつもり。
針とおしのプレゼントが一番になるなんて、若い時には思いもよらなかった。欲しい物を言えといわれれば、思いつくものがないわけではいけど
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