文科省などが主導するグローバル30とはなにか(10, 望ましい国際化方策編)今まで9回にわたって、グローバル30(国際化拠点整備事業)およびその背後の留学生30万人計画について分析してきた。
私の論調は、それら構想に反対である、という印象を与えるものだったろう。それはそうかもしれないが、私は「国際化」としてくくられる概念そのものに反対であるわけではない。ただ、前述のような構想には批判的であるというだけだ。
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このシリーズ全体の目次(第1回)
国際化には、デメリットもあるが、いくつものメリットもある。それは明らかだ。
むしろ、私が危惧しているのは、日本人が内にこもりすぎになっていると見えることだ。
以前、私は「「東京都民はアホなのか?」森巣博(クーリエ・ジャポン)に寄せて」(2009.2.3)でこう書いた。(http://mrknomousou.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/on-morisu-hiros.html)
中島義道氏、加賀野井秀一氏の『「うるさい日本」を哲学する』2007、講談社、p.13、にこうある。(若者について)「彼らは世界中のどこへでも気軽に出かけて帰ってきて「やっぱり日本っていいね」としみじみ実感するのですから」。この文にはかなりショックを受けた。
まず、どうやら、「若者」は、日本がいい(あるいは最高だ)、と思っているらしいのである。でなければ「やっぱり」とはならない。そう、(いろんな意味で)「教育」されているのだろう。(中略)
そして、他の国を見てすら、「「やっぱり日本っていいね」としみじみ実感」できるわけだ。
若い人がこうでどうする!と叫び出したい状況だ。彼らは、一体、国外に行って何を見てきているのか。それに、日本にいる「若い人(大学生)」(・・・自分も年をとったなあ・・・)が、中国・韓国に抱いている素朴すぎる「感情」のみならず、身近な留学生にも壁を作ってしまっていることにも大いに不満だ(もっとも、後者には、留学生側の問題もある)。
彼らの前にはせっかくいろいろなチャンスがあるのだから、もっとそれを生か
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