文科省などが主導するグローバル30とはなにか(8, 留学生30万人計画の現実性編)前回「混乱編」のつづき。グローバル30作戦の背後にある留学生30万人計画との関連で書くことにしよう。
シリーズ第4回「教職員・大学院生への影響編」で、文科省の掲げるグローバル30(国際化拠点整備事業)にとって英語コースはどうでもよく、留学生数などの達成目標が重要なのではないかと書いた。再掲しておこう。
ということは、文科省側としては、「目玉」であるはずの「英語コース」はむしろどうでもよく、あえて言えば5年たったら放り出しても構わないようにも読める(先に言ったように、大学は、一旦はじめた事業を放り出すのは困難だが)。
それより、前回取り上げた留学生数および外国人教員の「達成目標」、および、雇用する日本人教員の「国際化」の方がむしろ「本丸」のように見える。
今回は、こういった話の現実性について取り上げることにする。ただし、日本人教員の「国際化」については取り上げない・・・正面から取り上げるには重過ぎるテーマだし、今までも、ちょっとずつ取り上げた。また、関連する話は別立てで取り上げるとする。
(シリーズ全部を一気に表示したい場合は、右側の「カテゴリー」の「グローバル30(国際化拠点整備事業)」をクリックすればOK。)
このシリーズ全体の目次(第1回)
まず、外国人教員についてだが、彼らが短期で客員教員として国内で教鞭をとったり、研究会に参加あるいは主催するといったことは十分ありうる話であり、多くの人が歓迎するだろう。
問題は、常勤教員としてどれだけ日本に来てくれるか、ということだ。どうも、日本が門を広く開放しさえすれば喜んで日本で研究・教育をしようという人(外国人)がわんさと押し寄せるという観念があるようだが、たぶん、妄想である。(日本がカネをばら撒きさえすれば、日本が国連安保理の常任理事国になるという妄想もあったが、客観的状況を考えないという点では似たようなものだ)
確かに、日本は世界的に見ても特有の魅力ある国だ。しかし、魅力を感じる人がイクォールそこで生活する人かどうか、ということになると、たぶん違うだろう。
これも、前に語ったように、私の空想ではなく、現実に「世界」から人材を集めようとするときに直面する問題である。
現在、日本の大学で活躍する外国籍の、または、外国に元は籍を持っていた人はた
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