ネルソンの師とパックス・ブリタニカの象徴コネタマ参加中: 歴史上の人物、誰が好き?
歴史学を学んでいる以上、このネタには黙ってはいられないでしょう。
他の人はやはり、好きな歴史上の人物となると、日本史上の人物を挙げる人が多いみたいです。あるいは海外の人でもレオナルド・ダ・ヴィンチやアインシュタインなどの日本でもよく知られた人物ばかりが上がっています。
そこで自分はせっかく専門が近代イギリス史なので、この分野から日本ではややマイナーな人物を二人ほど挙げたいと思います。
一人目は十八世紀後半に活躍した海軍提督サミュエル・フッドです。彼はアメリカ独立戦争とフランス革命戦争で活躍し、またかの有名なネルソン提督のパトロンでもあった人物です。彼の艦隊運用能力は職人芸の域であり、歴史家によっては「ネルソン以上」とする人もいるほど。特にセント・キッツ島の海戦では神がかり的な艦隊機動を行っています。ネルソンは彼を高く評価し、フッドの特徴的な鼻にからめて「(彼の鼻は)戦列艦三隻に相当する」と述べています。また、かのマハンも、もし彼がアメリカ独立戦争のときに海軍の指揮官であったなら、アメリカ独立軍が勝利したヨークタウンの戦いでイギリスが負けなかったかもしれない、としています。さらにフッドは行政監督官としても有能であり、その功績によって準男爵に叙せられています。彼の名は後にイギリスの巡洋戦艦「フッド」に引き継がれています。
二人目は十九世紀のヨーロッパ外交を取り仕切った政治家パーマストン子爵ヘンリー・テンプルです。彼は俗にいう「パーマストン外交」を行った人物で、野心をむき出しにする国家に対して粘り強く、また時には世界最強のイギリス海軍の派遣をちらつかせながら、外交によって平和裏に各国の抱える問題の解決に尽力しました。その強引な手腕は多くの支持と批判を集めました。特に当時のヴィクトリア女王はパーマストンのことを嫌っており、「君臨すれども統治せず」の君主としては異例にも、間接的ながらパーマストンを閣僚から解雇することもあったほどです。しかしその女王ですらクリミア戦争が勃発すると彼の外交手腕を渋々認め首相に任命しました。
晩年、彼に強力なライバルが現われました。その人物は「イギリス陸軍など我が国の警察で十分だ」とうそぶき、パーマストン外交、そしてパックス・ブリタニカに挑みかかり、新たな国際秩序を築きあげました。その人物こ
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