四月一日の記事今日はエイプリルフールで有名な四月一日。世の中の人々はここぞとばかりにウソをつく。しかし、あえて自分はこの日に「事実」の記事を書こうかと。
十七世紀、イギリスとオランダが戦争をしました。英蘭戦争です。この戦争はイギリスのクロムウェルが航海条例を制定したことにオランダが反発して起こったものです。このあたりのことは高校で世界史を習った人であればなんとなく知っているでしょう。
ところでこの戦争は軍事指摘には非常に特殊な戦争といえます。なぜならこの戦争はほとんど海戦によって戦われたからです。普通の戦争は陸上での戦闘がメインで海戦は副産物的なものですが、この戦争はイギリス、オランダともに海運で成り立っている国なので必然的に「海」を巡る戦いとなりました。
この戦争のクライマックスは、何と言っても1667年五月に行われた「メドウェイ襲撃」でしょう。デ・ロイテル提督率いるオランダ艦隊がイギリスのテムズ川やメドウェイ川をさかのぼり、イギリスの主要な軍港の一つであったチャタムなどを襲撃しました。当時、イギリス艦隊の船の多くは行動できない状態にあり、オランダ艦隊の攻撃に対して有効な反撃ができませんでした。その結果当時のイギリス艦隊の旗艦「ロイヤル・チャールズ」が拿捕される等甚大な被害を出しました。
結局この戦争の勝敗ははっきりしませんでしたが、この頃からオランダは徐々に衰退していくことになります。
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