宮崎正勝 『鄭和の南海大遠征 永楽帝の世界秩序再編』 (中公新書)鄭和の有名な7回にわたる海上遠征に関する本。
本文が200ページに満たないのに、全10章もあり、それがさらに細かく節に分かれる。
それはそれで読みやすいとは言えるので、特に不服は無いです。
最初、モンゴル帝国と明の興亡とユーラシア秩序についてあれこれ記述されるが、それほど面白くはない。
なかなか鄭和のことが語られないので、少々イライラする。
永楽帝が直接軍事力を行使したモンゴルとヴェトナムの他、宦官を通じた外交交渉を行った西域・チベット・タイ・女真・日本の例に触れ、そうした中華帝国秩序確立の一環として鄭和の遠征を捉える必要が述べられる。
これまでで約三分の一のページが過ぎて、次から鄭和の評伝と遠征の描写となる。
それほど細かくて煩瑣に感じる記述も無いので、淡々と読んでいきましょう。
3回目までの航海の目的地は西インドのカリカット。
数十年後、同世紀の末にはヴァスコ・ダ・ガマが到達することになる。
4回目以降、鄭和の本隊はイランのホルムズを目指し、分遣隊がアデン、メッカと東アフリカのモガデシオ、マリンディに達する。
このホルムズというのはペルシア湾岸入り口にある島で、後にポルトガルが領有し、それをサファヴィー朝のアッバース1世が奪い返し、と高校教科書では載っているが、本書の地図で見ると島ではなく大陸部の地名がホルムズとなっている。
吉川弘文館の『世界史年表・地図』でもそのような表記になっており、結局よくわからない。
また、鄭和がマラッカに圧力をかけるタイのアユタヤ朝を牽制し、艦隊の物資集積拠点としたため、マラッカ王国が急速に発展したと書いてあるが、こういう記述は高校世界史で習った記憶が無いし、他の概説でも読んだ覚えが無い(それとも忘れてるだけか)。
このマラッカ王国は盛期が短く、1511年にはポルトガルに滅ぼされてしまう。
(この辺の歴史については、山川出版社の『マレーシアの歴史』参照。)
格別面白いということもないが、手堅い叙述。
あんまり航海の詳細についてあれこれ書かれても読むのが疲れるでしょうから、本書くらいの記述がちょうどいいのかもしれない。
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