お釈迦様は死後どうなるのでしょうか?今回もまた、中村先生と正田師の訳を対照させていただきながら読んでみたいと思います。
出典は、スッタニパータです。
バラモンの学生(永遠不滅のものを信じている)がお釈迦様に”解脱した聖者の死後”について質問しました。
1074 師が答えた、「ウバシーヴァよ。たとえば強風に吹き飛ばされた火炎は滅びてしまって(火としては)数えられないように、そのように聖者は名称と身体から解脱して滅びてしまって、(生存するものとしては)数えられないのである。」
1075 「滅びてしまったその人は存在しないのでしょうか? 或いはまた常住であって、そこなわれないのでしょうか? 聖者さま。どうかそれをわたくしに説明してください。あなたはこの理法をあるがままに知っておられるからです。」
1076 師は答えた、「ウバシーヴァよ。滅びてしまった者には、それを測る基準が存在しない。かれを、ああだ、こうだと論ずるよすがが、かれには存在しない。あらゆることがらがすっかり絶やされたとき、あらゆる論議の道はすっかり絶えてしまったのである。」
(中村元訳「ブッダのことば スッタニパータ」岩波文庫)
1074 世尊は〔答えた〕「ウパシーヴァさん、風の勢いで飛び散った炎が滅却し去り行くと、〔もはや〕名称に近づかない(名づけようがない)ように、このように、名前と身体(名身)から解脱した牟尼(沈黙の聖者)は、滅却〔の道〕へと去り行き、〔虚構の〕名称(概念)に近づくことはありません(名付けを離れた存在となる)」と。
1075 〔尊者ウパシーヴァが尋ねた〕「その、滅却に至った者(解脱者)ですが、あるいはまた、彼は、〔もはや〕存在しないのですか。それとも、まさに、常恒であるため、無病の者(永遠不滅の存在)となるのですか。牟尼よ、どうぞ、わたしに、それを説き示してください。この法(もの・こと)は、まさに、あなたによって、そのとおり〔あるがままに〕知られたのです」〔と〕。
1076 世尊は〔答えた〕「ウパシーヴァさん、滅却に至った者(解脱者)には、量ることが〔すなわち、量るべき尺度[よすが]が〕存在しないのです。それによって、彼のことを〔あなたに〕説こうとしても、彼には、その〔量るべき尺度〕が存在しないのです。一切の諸法(もの・こと)が完破されたとき、一切の論〔へと至る〕道もまた、完破されたのです」と。
(正田大観訳「スッタニパータ和訳」http://www7.ocn.ne.jp/~jkgyk/)
バラモンの学生・ウパシーヴァが尋ねます。
”常恒であるため、無病の
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