今を幸せに生きる技

372 明らかな知慧の無い人には精神の安定統一が無い。精神の安定統一していない人には明らかな知慧が無い。精神の安定統一と明らかな知慧とがそなわっている人こそ、すでにニルヴァーナの近くにいる。
373 修行僧が人のいない空家アキヤに入って心を静め真理を正しく観ずるならば、人間を超えた楽しみがおこる。
374 個人存在を構成している諸要素の生起と消滅とを正しく理解するに従って、その不死のことわりを知り得た人々にとっての喜びと悦楽なるものを、かれは体得する。
 (中村元訳「ブッダの 真理の言葉 感興の言葉」岩波文庫)
  (正田大観訳 「ダンマパダ和訳」http://www7.ocn.ne.jp/~jkgyk/も見てください)
    * ”不死のことわり”---この”不死”というのは、再死(生まれ変わりを繰り返し、何べんも死ななければならないこと)に対する言葉で、二度と生まれ変わりをしなくなることを意味する。

引用させていただいた中村先生訳、ダンマパダ372-374を素直に読めば、お釈迦様が示した悟りの境地(ニルヴァーナ)というのは、”死”んだあとに達成されるものでないと分かるでしょう。

ニルヴァーナを説明した次のスッタニパータ1086-1087の文章も、やはり、素直に読めば、どう生きてゆくかということを説いていると分かるはずです。

Sn1086  (ブッダが答えた)、
 「ヘーマカよ。この世において見たり聞いたり考えたり識別した快美な事物に対する欲望や貪りを除き去ることが、不滅のニルヴァーナの境地である。
Sn1087  このことをよく知って、よく気をつけ、現世において全く煩ワズラいを離れた人々は、常に安らぎに帰している。世間の執著を乗り越えているのである」と。(中村元訳「ブッダのことば スッタニパータ」岩波文庫)

日本では、涅槃は、涅槃図とか涅槃会などといわれるお釈迦様の入滅(死)に関係した言葉となっているが、本来は、二つの経典からの引用にあるように、今どう生きるかという生き方、生きる技を示す言葉だったのです。

私には、どうしてなのか説明できませんが、現実に私たちは”今”を生きています。
過去の出来事を懐かしんだり悔やんだり、未来を危ぶんだり楽しみにしたりしながら、常に”今”だけにしか生きて行けません。
その”今”をどう生きていけば、本当に幸せに生きていけるのかという生き方の技が引用した経典に書いてあるのです。

では、その”技”とはどういうものでしょうか?

① 人のいない空家アキヤに入って心を静め真理を正しく観ず

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2008/11/08




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