距離感

今日は、ももを遊びの塾に託して、私は、とある小学校の先生のところへ
遊びに行きました。
この方は、発達障碍児の対応を追求されている先生で、ももに関する事で
ご相談をしたかったので、お時間をとっていただきました。

本題を相談し終え、学校の中での、もも達のような普通クラスに在籍する
発達障害児の話になりました。
ほとんどの先生は、日々の業務に終われ、特別支援を前向きに考える
余裕がないとの事。
「でも、ほんのちょっとの事、そのために、多くの準備時間や、人員配置など
必要がない、簡単な事からでも意識をユニバーサルな方向へ持っていく事は
可能ではないだろうか、、、」と問いかけた時の事。

「ほとんどの学校長は、金太郎飴のような授業を望んでいます。
クラスごとに工夫があって違いが大きくなると、保護者から不満の声も
あがって、それに対応するのに、苦慮する。
だから、余計な事はしてくれるなと、先生達に指導する。」とおっしゃっていました。

「ある程度、実力も年齢もあって、校長の指導が入りにくいような自分は
じっくり教えたいところに焦点をしぼったような工夫も出来るが、
まだひよっこの先生などは、自分の考えなど切り捨てさせられる。」

また、こんな事もおっしゃっていました。
「学校の先生というのは、保護者が想像するよりも立派な人格者が少ない。
先生との折り合いが悪く、子供の状態が悪くなってという確立のほうが実は
高くて、よい先生に巡り会う確立のほうがはるかに低い」との事。

保護者には、そういった先生も育てていくような気持ちで、環境を丸ごと
受け入れて欲しいと話されましたが、「それは、無理です。場合によっては、
私達の子供は、その時の傷を一生引きずるわけですし、10まで積み上げるのに
スモールステップで積み上げてきた事が、そういった教師の対応で、一瞬の
うちに崩れてしまうのを何度も耐えろというのは、無理です」と反論させて
いただきました。

どうも、ももは、一年生の時にいろいろあった経緯から、特別に校長の
配慮で、いろんな先生に手厚く見てもらえているようです。

ほとんどの学校では、通級も通えないし、支援員もつかない、TTもない、
ひたすら放置プレーで、なにか事が起きなければ、何も配慮も支援も
してもらえないのが普通なようです。

もものように、コーディネーターの先生がつき、他の特別支援チームの
先生達がついて、チームで支援を望むなら、特

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学校
2009/06/21




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