藤子不二雄さんのアニメ今回は誰もが知っている藤子不二雄さんの漫画を取り上げたいと思います。
“誰もが知っている”と書きましたが、これが重要です。
嗜好の多様化、細分化の中で『ドラえもん』はゴールデンタイムの放送を長年維持している得意な作品です。
これと同じ状況の作品は他にも『ちびまる子ちゃん』『サザエさん』『クレヨンしんちゃん』などがありますが、『ドラえもん』同様の共通する特徴を持っています。
もうお分かりの方もいると思いますが、これらの番組に共通のものは人間の“普遍性”です。
とりわけ藤子不二雄さんの作品は、ドラえもんに限らず似たような登場人物で構成した作品も同じく“普遍性”を持っています。
『ドラえもん』を構成する登場人物はおなじみの、ドラえもん、のび太、しずかちゃん、ジャイアン、スネ夫で、『キテレツ大百科』では、コロ助、木手英一、みよちゃん、トンガリ、ブタゴリラ等々。
この4タイプのキャラクター(ドラえもんやコロ助を除く)が普遍性を持ち、誰が見ても、誰と見てもそこそこ楽しめる作品として存在し続けることができたと考えられます。
ここで注目するのは“女の子”の存在です。男のキャラはいくつかあるのに、女の子は基本一人です。これは日本の戦後の家父長的社会を如実に表していると思います。
現在、この社会は消えつつあります。資本主義社会の進展やそれに伴う社会構成の変化で、女性の社会的地位の向上、社会進出が促進され意識も大きく変わりつつあります。
漫画やアニメの細分化はこれを物語っています。かつての男性は少年漫画、女性は少女マンガを読んでいましたが、今では多くの女性が少年マンガを読んでいます。その逆はあまり昔と変わらない
こともまた社会変化をよく表しています。
さて、ではそんな中でも『ドラえもん』が支持されるのは何故でしょうか。
老若男女を問わないものとしては、ドラえもんのキャラクターとしての魅力。
世代別だと、団塊の世代は家族幻想の投影であり、新人類はかつての明るい未来への郷愁、ロスジェネはよりリアルなノスタルジーと不思議な安心感があると思います。
現代の子供や20代前半は社会性を離れて、キャラクターの細部や何気ないワンシーンへの異常な興味などで、全体を見るというよりも部分部分で“消費”していると思われます。
これはドラえもんに限ったことではなくて、各々の作品でも同じ傾向があります。
即物的なこの傾向は消費社会にも大きな変容が見られます。
ともかくも、これほどまでに多様化し、消費されていく現代社会において、見方は違えど世代間共通できる作品は“意味”ある“強度”を提供してくれると
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