私がすべきだったこと
結局のところ私がしなければならなかったことはいたって単純なことであった。「差別について考えるきっかけ」を作りさえすればよかったのだ。というのも、話している私と私の話を聞いてくれている人との間に、社会であびこっている差別事象や人権についての知識の差はそれほどなかった。こと私自身においては、いくら勉強したところで、中学生の私に差別事象や人権について、人に自論を語るなんてことは不可能だった。
第一に、日本社会でおこった差別事件や身近なところではびこっている差別事象についての知識が少なすぎた。先人がどのように部落差別と闘ってきたのか、どのような解決策をとってきたのかをあまり熱心に勉強しなかった。少なくとも実際におこった出来事やその事象がどう対処されたのかくらいは知っているべきだったに違いない。しかし、私は人から話を聞く以外に、自ら部落差別についての本を手にとったりすることはしなかったのだ。
(1/4) 次»
コメント(0)|コメントを書く
カテゴリー一覧
最近のコメント
プロフィール
このブログを友達に教える