インスタント沼遡って金曜の話。「インスタント沼」の渋谷での上映が終わっちゃう!ということで慌ててレイトショーで見に行きました。レイトショーながら私と同じ気持ちの人が多かったのか、なかなかの混み具合。
すっかり今ではメジャーになった三木聡監督。私はかなり遅れてからのファンですが、小ネタ満載のセリフ、いい加減さやくだらなさが最終的には日常を突き崩すパワーを持っていることを教えてくれる、日本はもちろん、世界でも稀有な作風なのではと常々思っています。
この「インスタント沼」も、冒頭から麻生久美子演じる沈丁花ハナメがミロに牛乳をちょびっとだけ垂らした「シオシオミロ」を味わうところから腰くだけ感満載。松坂慶子演じるハナメの母親がTVを見て発する「あらっ あの人ドヴォルザークに似てない?」というセリフにはククッと声も出ようというもの。この後も風間杜夫演じる沈丁花ノブロウ、加瀬亮演じるガス(電気屋なのにガス)など、ハナメを取り巻く愉快なキャラクターが続々登場、テンションを下げることなく「えぇーっ!?」というラストまで持っていきます。
だけど。だけどね。ごめん。少しだけ貶してしまいます。
ハナメは「見たものしか信じない」タイプで、その性格が災いしてか、編集長である仕事もうまくいかない。それが、ノブロウと出会い、奇妙な出来事に遭遇していくうちにどんどん「見たもの以外も信じる」ように、自分の日常の枠を 壊していく。そしてそれが監督の観客に対するメッセージでもある訳なのだけれど。
だけど、だけどなぁ。最初から小ネタやエピソードが満載すぎて、私にはどうしてもハナメが途中から変わったように見えなくて。小ネタやエピソード、キャラクターの強烈さに引っ張られすぎて、物語がそんな風にひとつのメッセージを描いているのだと気づいたのが後半あたり。そして最後にハナメが大声であるメッセージを叫ぶんだけど、それが作品のメッセージを要約しすぎててやや興ざめな気分に。っつーか、そういう風に要約しちゃぁ映画というものの良さが半減するのでは?あるメッセージを伝えたかった
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