「愛妻は荒野を目指す」裏設定 バックストーリー 追記:チェリー脱退について【震災後の東京について】
2009年6月9日、震災後について。
7月、日本政府は長野への遷都を強行。
東京の復興を重視した政策を展開したが、早々から政治的対立に起因する治安の悪化を招いた。被災地の労働組合は物見やぐらの政策に強く反発し、デモを繰り返した。
そのデモグループのうちの過激な一派が分裂する形で名前を持たないテログループが組織されることになる。
9月。
復興がままならないフラストレーションからデモの参加者は増加し、活動は活性化される。はじめは維新に燃え、政治的なテロを行っていた。しかしリーダーが定まらない状況から幾度となく内ゲバが繰り返され、疑心暗鬼と報復行為のため組織は分裂していく。
12月。
一方、震災から半年が経つと、東京に侵入していた急進的な左翼派が台頭する。彼らはアメリカ(CIA)と中国(中国共産党)の支援を受けた新生民主党をバックにつけ、「東京の自治」を掲げた。理想主義的アプローチは「希望」に飢えた被災者たちを魅了した。
しかし真相は「民主党の政権奪取」と「アメリカと中国による東京の制圧」の取引であった。民主党は、弱体化した自民党に替わり、与党となる。
また、CIAと中共が手を組み東京の占領策を画策する。(大東亜戦争後におけるGHQの統治策と中共の対日心理工作をモチーフにしたもの。)
その内容には
・ 東京の徹底的な破壊と再構築(アナーキズムの誘発)
・ 子供たちの洗脳もしくは再教育
などの要綱も盛り込まれていた。
この政策は秘密裏に「New Tokyo Order(新東京秩序)」と呼ばれた。
2010年1月。
「新東京秩序」(以下、NTOと記す)の一環として本政策遂行のため独自の武装軍を設ける。復興にあたっていた自衛隊と衝突。
2月。
NTO側は東京(と日本)の破壊に当たって、精神的な主柱である天皇の暗殺を企てた。これを早急に察知していた「あいつら」は自衛隊の保守派を味方につけ、先に皇居を占拠。天皇を守ろうとしていた。時は2月26日。奇しくも、かの二二六事件の再現となった。皇居の周りには長きにわたり、多くの死体が横たわった。
3月。
自衛隊の分裂による戦闘が激化。
国連が「東京は戦争状態である」と発表。世界世論はアメリカと中国を強く批判。
これにより戦況は膠着。
NTO側は潜伏状態を余儀なくされ、工作活動に重点を置
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