doracom「ハカラズモ」

京都芸術センターがやってる「演劇計画200X」で去年賞をとったところの第二弾&凱旋公演を見てきました。
この「演劇計画」はマーケットを離れたところでの表現の追求、作品造りを目指す内容でした。
このことがまずとても新鮮でした。
だって「売れない芝居」は作れないのが職業芸術家の定めだからです。
いや、「売れない」ものじゃなくて、売れるかどうか分からないもの、の方が正しいでしょうか。

演出家が着目したのは、「話す」と言う行為。
この「話す」行為には「声を発する」「意味を伝えようとする動作」が含まれているのですが、どうしても言葉に「意味」が含まれているので、人はそれに集中してしまい、もうひとつ目の前に起きているパフォーマンスに気が回らないのではないか。だったら、会話を会話として録音して、それをBGMに役者が演じたらどうなるだろう、と言うものでした。

ムリに録音に合わせて動こうとすると不自然なので、何かしらのスポーツに例え、演じ手がそのコートに出たり入ったり、場外とかで会話に合わせて演じてました。

録音されたものは「生」なのですが、それがスピーカーから流れた瞬間、もうそれは「ライブ」ではなくなる。俳優も、過去に録音された「ライブ」を感じながら目の前で演じる。

目の前で起きているのに、すでに終わったことのような気がする。
演劇はストーリーを紹介するモノではなく、そこにある空気に同意したり違和感を感じさせたりして、何かしらの感覚を起こさせるモノ。

これってしたらどうなるんだろう?、という疑問から、それを単なる思いつきとせず、マジメに向き合っていったらどうなるんだろうという、まさに、実験的な作品でした。

面白いかどうかと言われると、押しつけがましくないので、観客がかなり能動的に作品に参加していかないとつまらないモノになるだろうと思いました。

この「巨大な実験」は実は、その後のシンポジウムを聞きながら分かったモノで、それを聞かずに帰った人は「なんだか分からない」で終わってる人もおおいだろうなーと思いました。

ただこの市場原理を離れたところでの作品造りは、アーチストに無限の力を与えるなーと思いました。とっても小さなラボですが、なんだか未知の力を感じました。

演劇
2008/10/13




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