◎『枝雀のトラベル英会話』 1990年6月刊。 本はいろんな処に置かれるはずである。当然飾るためでなく読まれるものであるから、書架を離れ、また戻るにしても、途中では何気なくどこに置かれても不思議ではない。写真を構えて撮らなければ、あるいは観点を変えてみれば、本はまた違う貌を見せる。ということで、ごく卑近な風景のなかに置いてみる。こういう場面にふさわしい本といえば....。
桂枝雀さんは昭和15年(1940年)神戸生まれ。昭和36年(1961年)に桂米朝さんに入門。神戸大学中退という経歴である。平成11年(1999年)、59才で亡くなった時、突然の訃報で驚いたが全国の落語ファンもショックだったろう。『枝雀のトラベル英会話』はその9年前の仕事になる。
いきなりだが、この本の打ち上げは東梅田の「呉春」という飲み屋さんでやった。この店は料理も旨いが大阪池田の名酒[呉春]を出す。店の名もそのままである。二階の小さい座敷で枝雀さんを囲んで、創元社編集者の原章さんや落語作家の小佐田定雄さんら4,5人の小宴だった。枝雀さんは最初から麦酒じゃなく[呉春]をコップでぐいぐい飲ルのだったがこりゃあホンマもんの呑んべいだなあと感心したことを思い出す。ぼくは枝雀さんのTVレギュラー番組をよく観ていたしニューヨークで高座をもったりして英語落語の新分野に挑まれていたことも知っていた。でも落語家としての懊悩や厳しく徹底的だったことは、ずっとあとで知った。ぼくらはみな落語を聞いて笑っていただけでよかったのだが....。枝雀さんが逝かれて落語界のお仲間だけでなく、ファンの喪失感はさぞ大きかっただろう、と推測する。それにしても、枝雀さんの落語はつくづく面白い落語でした。
カバー表紙は写真とイラストの合成だが本文中の、さいわい徹さんの四コマ漫画がこの本のいのちになっている。本文に漫画がたくさんあって楽しい本になっているが、吹き出しのセリフはみな英語だ。構成は左に四コマ漫画、右側に会話の対訳となっている。カバー表紙の顔写真は、創元社のカメラマン村山清さん(じつは製作部長)と二人で何処だったかの劇場へ(忘れてしまったが)出
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