July.11.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉③」

July.11.2009「自然と一体化した画家 犬塚勉③」
今日の詩::風防ぎ 家を護るは 築地松

 犬塚さんの物語の続きです。私は一浪をしているので、おそらく学生時代の年代も同じだったかも知れません。学生運動のことは放映されていなかったが、おそらく通過したのでありましょう。東京学芸大も激しかったですから。しかしなぜか親近感を強く感じます。さて…。

 犬塚は、1949年川崎で生まれました。川崎が工業都市として発展するのと歩みを合わせるように、幼少期を過ごします。6歳の時、東京都稲城村、現在の稲城市に引っ越します。そこには草木がゆたかな多摩丘陵が広がっていました。犬塚は一日中、丘の草むらや近くの川で遊んでいました。その頃見た、ある光景が忘れられずに、後に制作ノートに記しています。
 『小学一年生の頃、多摩丘陵の帰りに立ち寄ったみさわ川での光溢れる光景は、この世の極楽をみた思いだった。』
 その感動をいつまでも鮮明に残しておきたいと、15歳で初めて絵筆を取った。東京学芸大学に進学して美術を専攻し、画家を目指した。この大学は、故・鹿沼掲揚元本部講師が教授・理学博士として勤務していた学校だから、あるいは授業を受けたかも知れない。
 卒業後は、中学校や小学校の教師として子供たちに絵を教えながら美術準備室で描き続けたようだ。

 24歳の時、多摩市に移った。冬の夕暮れの古い民家を多摩丘陵が包み込んでいる絵だ。『多摩丘陵(冬)』である。当時の描写はおぼろげで情感を伝えることに力を注いでいる。四年後、犬塚の絵が突然、変わった。『ひぐらしの鳴く』(1984年作)である。草原の植物が描かれている。草の一つ一つを精緻な筆使いで描き分け、カンバスを埋め尽くす。この絵が生まれるキッカケとなったのは、ある登山の体験だった。30歳で妻の陽子さんとはじめて山に登ったのを皮切りに、五感が研ぎ澄まされていく感触が忘れられず、犬塚は一人で山登りを繰り返すようになったのでした。

 34歳の夏でした。自宅に近い黍殻山(きびか

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真理小話
2009/07/12




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