July.09.2009「自己生命の霊妙さの自覚」July.09.2009「自己生命の霊妙さの自覚」
今日の詩::鳩一羽 駅が住み家か 風涼し
*夏ですが、駅構内は涼しい風が吹いていました。そこに鳩が一羽えさをほしそうに歩いていました。
『生命の実相』頭注版第1巻62頁には、自覚のことが書かれています。13行目です。
『自己の生命の霊妙さの自覚ーこれすなわち仏教でいえば正等覚(さとり)をうることであり、キリスト教でいえば神の子としての自覚をうることであり、古神道でいえば「尊」(みこと)としての大自覚をうることであります。この大自覚に達するのがあらゆる宗教の目的ーいな、人間そのものの目的であり、この大自覚に達すれば、自覚した程度にわれわれに宿っている生命力は発現するのでありますから、キリストのように他人の病気を一言でなおしたり、釈迦のようにいろいろの神通力を発揮することもできるわけで、むろん自分が病気で苦しんだり、生活難で苦しんだりするような、不如意不自由な状態は消滅してしまうはずであります。
この自覚を得ることが大切だと書かれています。それには絶えず神想観や聖典等を拝読することが重要でありましょう。何時だったか失念しましたが、東京都内で谷口雅春先生の御講習会がありました。先生は、祈りについてのお話をしておられました。内容はたしか、『私も神様に祈ることがある。全人類を救うために、深く強い神の子の自覚を与えたまえ、と祈っている』というような意味でした。私は、谷口雅春先生でも神様に自覚を深めていただくように謙虚に祈っておられるということをお聞きし驚いたことを記憶しています。
昔、山中典士さんといわれる方が、私がお世話になっていた道場によく体験講話に来ておられました。自覚を深めるためにさまざまな工夫を凝らしていました。天井に自分がなりたい理想の姿を書いて、寝るときにサーチライトで照らしてそれを読み上げてから眠るのだそうです。また、朝トイレで、快便に感謝しながら生命力に感謝する祈りの言葉を捧げるのでした。自動車に乗ったときは、笑いの練習をして
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