June.21.2009「”父の日”に父を想う」

June.21.2009「”父の日”に父を想う」
今日の詩::父の日に 末娘より プレゼント

 今日は”父の日”だが、自分の父親について書かせていただきたい。

 私の父は、私が21才の時、昇天した。それから約12年後はじめて父親の愛を理解することが出来た。現在の宇治の総務であるK本部講師が生長の家本部練成道場(飛田給道場)に赴任された時だった。K本部講師は私を開眼してくださった大恩人である。

 練成期間中だったが、父親の身体の具合が良くないと云うことで急遽、高知県に帰った。父は自宅で布団に寝ていた。私が「お父ちゃん、帰ったよ」と言うと、起き上がり、正座して私に色々と話をしてくれた。人生や身体のことや信仰についてだったと記憶している。当時、私は日本大学の学生であり、飛田給道場の練修生制度の九期生として訓練を受けていた。しかし、私は当時そこを辞めたいと思っていた。数週間前に、父親に「練修生を辞めたい」という意味の手紙を書いていた。私は父親から十枚ほどの長文の手紙を受け取っていた。最後に父親は書いていた。『軽挙妄動を慎み、ひたすら勉学に励め。もしお前が生長の家を辞めるというのならば、私は上京して谷口雅春先生にお前のことをご相談に行く』と書かれていた。従って私は辞めることはできなくなっていた。

 正座した父は私に言った。『お前はどんなことがあっても、谷口雅春先生にどこどもまでもついて行け!』。父親の声は絶叫だった。そして胸を押さえて七転八倒していた。私は聖経『甘露の法雨』を拝読しようとして、招神歌を歌い始めた。父は苦しみながら言った。『招神歌はもういい。『甘露の法雨』を読んでくれ』と。母親がすぐにその場に飛んできた。すると父親は、「わしは社会復帰をしたかった」と言ったのだった。母親は驚いて、『お父ちゃんが、そんな気持だったとは知らなかった。ご免なさいと』、額を畳にすりつけてお詫びをしていた。父親は胸の苦しみがおさまると、再び正座して私に語りかけ、「お前はどんなことがあっても谷口雅春先生にどこどこまでも付いて行け!」と叫ぶ

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真理小話
2009/06/22




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