328_水と火
この世の中に、不要なものなんて、何一つ無いんだ
にもかかわらず、何かと見比べ、どっちが優れている
どっちが劣っている。と比べるのは、実に愚かなことなんだ
By 釈迦
ある時、お釈迦様は村の子供達に質問しました。
「お米を食べるのに、水と火、どちらが欠かせないと思うかね?」
すると、一人の子供はこう答えました。
「僕は、水だと思います。だって、水がないとお米を研ぐことが出来ませんから」
その横にいた子供はこう答えました。
「僕は、火だと思います。だって、火がないとお米を炊くことが出来ませんから」
二人の意見を聞いたお釈迦様は笑みを浮かべながら、こう言いました。
「水も火もどちらも重要で、お米を食べるのに確かに欠かすことが出来ない。
しかし、大事なものを他に忘れていないかい?
それは、お釜だよ。
幾ら、水かあっても、火を起こす準備が出来ていても
お釜が無ければ、お米は炊くことが出来ないよ。
もっと細かく言うと、水を汲んでくる桶だって欠かすことが出来ないし、
火を起こすマキだって必要になってくる。
ということは、お釜や桶やマキの材料となる木だって、
火や水と同様に、不可欠ということになるんだ。
だから、
この世の中に、不要なものなんて、何一つ無いんだ
にもかかわらず、何かと見比べ、どっちが優れている
どっちが劣っている。と比べるのは、実に愚かなことなんだ
そのことを君達に伝えたかったんだ」
人は、他人と比較して自分の方が上だと安心することがあります。
現代社会では、年功序列や終身雇用が崩壊し、更に不景気な世の中になり、
能力主義や実力主義や優先されるせいか、他人との競争に躍起になってます。
そんな競争に捉われ過ぎ、神経をすり減らしたり、ストレスを貯め、
気が休まらなくなり、人間関係にも亀裂が走り、悲しい人生になってしまいます。
この釈迦の話は、現代社会を生き抜く私達にとって多いに参考になると思うのです。
私は、釈迦の教えのように
他人に劣る部分があってもいい、欠点があってもいいと思うのです。
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