283_一本の指

今日は、私の好きな「一本の指」という話をアップします。

唐の時代に倶抵和尚という僧がいました。
倶抵和尚は、一心に真言を唱え、学問にも力を入れ、
悟りの修行に励みました
彼は、一生懸命、修行し、どんなに厳しい訓練にも耐え、
悟りを開くことを頑張りました。

しかし、一向に悟ることは出来ませんでした。

あぁ、もう、俺は駄目だ・・・

倶抵和尚は、大変落胆し、修行する力を無くしてしまいました。
そこへ、倶抵和尚が尊敬する、天竜和尚という方がふとやってきました。
倶抵和尚は、天竜和尚に懇願して聞きました。

あぁ、どうか!どうか!!お願いです!!
どうか!私に、仏教の悟りを教えて下さい!!
もう、駄目です!!どうにかなってしまいそうです!!
どんなに修業をしても、私は、悟ることが出来ません!!
私は、駄目な人間なのです!どうか、教えて下さい!!


天竜和尚は、何も言わず、ただ、一本の指を立てて倶抵和尚に突き出しました。
倶抵和尚は意味が全くわかりませんでした。
天竜和尚が差し出したその指を眺めても、何も書いていませんでした。
しばらくして、天竜和尚は、倶抵和尚の前から去りました。
天竜和尚が去ってから、倶抵和尚は一本の指について考えました。

そして、倶抵和尚は、自分も、天竜和尚と同じように、一本の指を立てました。
一歩の指を立てて、倶抵和尚は、ハッと気がつきました。

自分は1本の指が動く。
その指が動くということに感謝したことが今まであっただろうか。
そんなことがわからずに、仏教の悟りを得ることに何の意味があろうか。
学ぶものを、自分以外に求めることが間違いであり、本当に学ぶべきものは
自分であった。

こうして、倶抵和尚は悟りを開くことが出来ました。

私は、物事を複雑に考えてしまう癖があります。
吃音という人生を歩んできたせいか、心配性の正確は相変わらず直りません。
時には、人生に不安を感じたり、迷いを感じる時があります。
そんなとき、倶抵和尚と同じように、自分の一本の指を立てるようにしています。
そして、自分の五本の指の有難く動き、体全体が健康であることに感謝します。

40年、50年かわかりません。
私は、年老いて、いつしか、病床で横た

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元気・勇気
2009/04/05




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