散文詩「北沢風景」の青い空

小鳥らの うたはきこえず
  空は今日 はなだ色らし、
倦(う)んじてし 人のこころを
  諫(いさ)めする なにものもなし。

と、歌った「朝の歌」から
何年経ったことだろうか?

散文詩「北沢風景」で、

 僕は出掛けた。僕は酒場にゐた。僕はしたたかに酒をあほつた。翌日は、おかげで空が真空だつた。真空の空に鳥が飛んだ。

と、歌った詩人の「青い空」は
変わったろうか?

いや、変わっていない。

杉並か、
中野か、
豊島か
渋谷か、
世田谷か
大田か……

いずれも
東京の西の方の
中也が住んだことがあって、
下町とは違った
武蔵野の雰囲気のある
青い空の感じがあります。

昨夜、東森と下北沢で飲みながら
近くの豪徳寺のバーで
詩人は友人としこたま飲んで
帰宅した夜11時ころ、
弟洽三の訃報(ふほう)に接した、という
大岡昇平の記述を思い出していました。

10月23日、小田急沿線豪徳寺のバアで友人と大酔し、11時すぎ千駄ヶ谷の下宿に帰ったところへ、死亡を知らせる電報が届いた。
(大岡昇平「在りし日の歌」より)

中也が、近くにいるなあ、と
感じます。

「北沢風景」の北沢は、
いまの、上北沢のことらしいのですが、
上北沢とて、下北沢かそんなに遠くはありませんし、
世田谷のうちです。

台所の入り口からは
北東の空が見える
田園風景が広がっていました。

 *
 北沢風景

 夕べが来ると僕は、台所の入口の敷居の上で、使ひ残りのキャベツを軽く、鉋丁の腹で叩いてみたりするのだつた。

 台所の入口からは、北東の空が見られた。まだ昼の明りを残した空は、此処台所から四五丁の彼方に、すすきの叢(むら)があることも思ひ出させはせぬのであつた。

 ——嘗て思索したといふこと、嘗て人前で元気であつたといふこと、そして今も希望はあり、そして今は台所の入口から空を見てゐるだけだといふこと、車を挽いて百姓はさもジツクリと通るのだし、——着物を着換へて市内へ向けて、出掛けることは臆怯であるし、近くのカフヱーには汚れた卓布と、飾鏡(かざりかゞみ)とボロ蓄音器、要するに腎臓疲弊に資する所のものがあるのであるし、感性過剰の斯の如き夕べには、これから落付いて、研鑽にいそしむことも難いのであるし、隣家の若い妻君は、甘ッたれ声を出すのである

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2009/03/06




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