薬物汚染の拡がりを憂う(26)

 酒井法子の初公判は東京地裁425号法廷で、午後1時半から始まりました。法廷の場に現れた酒井被告は、ジャケット、スカート、ストッキング、パンプスと黒づくめの服装。ストッキングの色が濃く左足首のタトゥーは隠していました。これらすべてから判断するに、酒井なりに考え抜いた「法廷闘争用のいでたち」と見えなくもありませんでした。

 9月17日の保釈以来、公の場に姿を表わしたのは39日ぶりのことです。保釈日夜の都内某ホテルにおける涙の謝罪会見後東京医科大学病院に直行、入院し、同病院を今月1日極秘退院してから、酒井法子の姿は杳(よう)として知れませんでした。さすがの芸能追っかけリポーターも捉えきれなかったようです。まるで「第2の失踪事件」といった感じでした。一説にはその間、東京を脱け出し「闇の指南役」富永保雄のルートで千葉県のある所に潜伏しているのでは?というような情報もありました。しかし今法廷には、都内の知人宅から出廷してきたと見られています。

 今回の酒井裁判で特筆すべきは、何といっても各マスコミ特にテレビ局の過熱報道ぶりです。民放各局は、昼のワイドショーから弁護士や芸能ジャーナリストなどをゲストコメンテーターに迎え、午後4時までぶっ通しで酒井関係を報道し続けた局もありました。同法廷では新聞社、テレビ局には2名の傍聴席が割り当てられたようですが、開廷とともに傍聴席の記者からの情報を、外で待機している記者たちが逐次受け取り、4階から1階玄関前まで息せき切って駆けつけ、リポートを繰り返すという方式を取っていました。
 思えばスポンサーのCM料激減などで青息吐息の民放各社にとって、8月上旬の失踪事件以降今日まで、酒井法子は“救いの神”的存在だったのではないでしょうか?酒井関連を報道すれば、毎回必ず高視聴率が取れたわけですから、表では関係者が酒井バッシングを続けながらも、内心では「酒井法子、のりピー様々」だったかもしれません。

 入廷質問、職業の確認での「無職です」、罪状認否における「間違っているところはありません」という受け答えなど。約2時間に及んだ酒井裁判のもようは、テレビなどで繰り返し報道されましたから、おおむねのところは既にご存知のことと思います。
 ここでは何点か気になったことだけ述べてみたいと思います。酒井は今後の自身の方向性として、「介護を学び、それを仕事としていきたい」と述べました。これは意外でした。自身の継母が現在手術後の回復が思わしくなく、100mを歩くこともままならない、そこから当面の必要性に迫られ学んでみようという気になったのか。またサンミュージックの相澤副社長も情状証言の中で、介護の勉強を勧めていることを明かしました。

 また相澤副社長は、「仕事に対するサポ

(1/3) 次»

映画・テレビ
2009/10/28




コメント(2)|コメントを書く

カテゴリー一覧
最近のコメント

このブログを友達に教える

コミュニティ | 有名人・芸能人ブログ | ケータイ占い | ケータイ小説 | 掲示板


画面TOP↑


powered by cocolog