私のマイケル・ジャクソン観

 世界的なスーパースターといえども、その名前や表面的なことを知っているだけ。だから自分の中では世間が大騒ぎするほどのスーパースターとは思っていない、ということがよくあります。これまで私がマイケル・ジャクソンに対して抱いていたものは、おおむねそんなところでした。

 マイケル・ジャクソン情報として、私が知っていたことといえば―。
 代表作の『Thriller(スリラー)』くらいなもの。黒人のくせして、何だか薄気味悪い白蝋(はくろう)のような畸形的な顔に変わっていったヤツ。幼児への性的虐待によってその親から訴えられたヤツ。何だかよく分からない歌を歌いまくって、変なクネクネ踊りを踊っただけで超億万長者になったヤツ。そうして稼いだ金をつぎ込んでネバーランドなどという広大な遊園地のような所に住んでいたヤツ…。

 このように私の場合、世界はおろかこの日本にも無数にいるであろう「マイケル命」の熱烈なファンとは、かなりの温度差がありました。それゆえ6月25日(日本時間26日)の彼の急死の報に接しても、特段驚くでもなく『あっ、そう』くらいなものでした。
 生前のミステリアスなマイケル像を死後なお引き継ぐかのように、その死因をめぐって乱れ飛ぶさまざまな憶測。違法な麻酔剤使用の問題。死の直後主治医が行方をくらました。ロス市警が主治医の車を押収した。彼の死は他殺か?どうなる、数百億円のマイケルの遺産の行方。マイケル自筆の遺言書があり、それによると遺産は彼の子供そして母親、母親死後はダイアナ・ロスに遺産の管理を頼む。父親や元妻には相続の権利がないそうな…。
 むしろ三面記事的なそんな情報を面白がって観ていました。

 当ブログ最近の記事『梅雨だより(4)』の中で、マイケル・ジャクソンについて少しふれました。「(正式なマイケルについての感想が)今にまとまりましたら公開します」と述べたものの、実はその時点では何が何でも、ということでもなかったのです。いや実のところ、ここ何日かはそう述べたことすら忘れかけていました。
 それが11日未明NHK総合テレビで、『マイケル・ジャクソン“King of Pop”の軌跡』という追悼特別番組の再放送の冒頭部分をたまたま(本当にたまたま)目にしたのです。そうしたら観るにつれて魅き込まれて、とうとう最後まで観てしまいました。

 観終わった後、私のマイケル・ジャクソン像あるいはマイケル・ジャクソン観はがらりと変わりました。どう変わったのか?やっぱりマイケル・ジャクソンはスーパースターだった。マイケルの前にマイケルなく、マイケルの後にマイケルなしだ、というように。
 マイケルの生涯の主な事跡が、映像という極めて訴求力のある媒体によって端的に紹介され

(1/2) 次»

所感
2009/07/11




コメント(0)|コメントを書く

カテゴリー一覧
最近のコメント

このブログを友達に教える

コミュニティ | 有名人・芸能人ブログ | ケータイ占い | ケータイ小説 | 掲示板


画面TOP↑


powered by cocolog