俳句を始めた頃(5) 句作を始めた年が明けた2月頃、毎日俳壇(毎日新聞日曜版俳句コーナー)に投句しました。同俳壇の選者は3名ほどいたと思いますが、好きな選者を指定して投句してよい決まりになっていました。そこで私が選んだのが鷹羽狩行(たかは・しゅぎょう)でした。既に『現代の俳句』収録の鷹羽の代表的な何十かの句を読んでその句風に共鳴出来たこと、そして同じ山形県出身であることに共感を覚えたことなどが主な理由だったと思います。
投句したのは、
煮凝り(にこごり)の凝るをかしさ食ひにけり
という句です。寒さ厳しい雪国では、冬の夜に母が煮魚をこしらえておきますと、次の日の朝になると煮汁が固まってこげ茶色の寒天状になってしまいます。そうして食べた煮魚そのものももちろんですが、煮凝りのトロンとした舌ざわりがまた何とも言えず乙な味だったのです。寝たきりで臥せっている母を介護しながら、そんな郷里でのことをふと思い出して詠んだ句です。
それが何と、初投句でいきなり毎日俳壇に掲載されたのです(もちろん私の句ばかりではなく、10数句くらいと共に)。『うわぁ、オレの句と名前が全国紙に載ったんだ ! 』。今となっては別にどうということもありませんが、当時の私はまるで天にも昇る嬉しさでした。嬉しさあまって、その日曜版を5部ほどまとめて買ったことを覚えています。
味をしめて次も鷹羽選で投句しました。しかしその時は採用されませんでした。初投句でいきなりというのは良し悪しというもので、その後は毎日俳壇への投句をやめてしまいました。
代わって、私が当時購読していた朝日新聞の朝日俳壇にチャレンジしてみることにしました。しかしこれがなかなかの難関なのです。選者も、稲畑汀子(いなはた・ていこ)、金子兜太(かねこ・とうた)ら4名、いずれも当時超一流の俳人です。後で分かったことながら、同俳壇に掲載されるのはわずか数10句ですが、それに向けて1回あたり約1万句くらいの投句があるというのです。
投句者の中にはプロを目指している人も大勢いたことと思います。そんな中で駆け出しの私など、とても太刀打ち出来るものではありません。不採用が何回続いてもこりずに10数回投句し続けました。しかし結局ただの一度も採用されることなく、終いには断念しました。
なお毎日俳壇の選者だった鷹羽狩行は、毎年中秋の名月に行われる伊勢神宮観月会・俳句部門の選者でもありました。テーマは「月」でしたが、私は3、4回毎年こちらにも投句しましたが、その度に採用していただきました。次の句はその中の一句です。
あをあをと月に読まるる川原かな
このようにして数年間、1日10句以上をノルマに俳句を作り続けました。そうして句が
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