『天地人』について(13) 本シリーズ(12)以来だいぶ間があいてしまいました。前回は第23回「愛の兜」についてでしたが、それから「戸惑いの上洛」「天下人の誘惑」「関白を叱る」と第26回まで、3回分も進んでしまいました。
この3回は、上杉景勝(北村一輝)と直江兼続(妻夫木聡)主従の「初上洛シリーズ」といったところでした。この上洛シリーズ、私は素直にまあまあ面白かったと思います。
なぜだろう?と考えてみました。理由は意外にも簡単で、ドラマの舞台が一気に戦国時代末期の中心地である京都、大坂に一時的に移ったこと。そしてまた織田信長亡き後の戦国大スターである豊臣秀吉(笹野高史)を中心とした、名だたる戦国スターたちが勢揃いしたためです。
秀吉以外に、徳川家康(松方弘樹)、前田利家(宇津井健)、福島正則(石原良純)、石田三成(小栗旬)、千利休(神山繁)、北条氏政(井吹吾郎)、真田幸村(城田優)…。それら戦国豪華スターたちの中に立ち混じって、景勝、兼続の名門・上杉主従がお家の面子にかけていかに立ち回ったのか?
おそらく今回の上洛シーンの多くはフィクションであるとしても、当時の歴史的中心地で上杉主従を巻き込んで繰り広げられた人間模様がけっこう楽しんで観られたのです。
これは何度も述べることですが、やはり戦国ドラマは戦国スターたちによる戦国絵巻が展開されないと面白くありません。例えば越後の直江家の兼続とお船(常盤貴子)の家庭の事情を情緒的に描かれても…。それは現代的メロドラマのテーマを戦国時代にただ移し替えたに過ぎず、これでは面白くない、つまらないとなりがちだと思いますがいかがでしょうか?
ここで上洛シリーズにおける主要キャスト評を―。
まず秀吉役の笹野高史についてです。どちらかのブログで、笹野高史は『釣りバカ日誌』での運転者役のイメージが強すぎて、天下人秀吉の風格などありゃせんよ、というような批評がありました。私は幸いにも(?)同映画はあまり観ていませんので、運転手笹野がどういうものなのかイメージが湧きません。
笹野高史には申し訳ありませんが、「猿のようだった」と評される秀吉の風采には、まさに打ってつけなのではないでしょうか?信長(吉川晃司)存命の頃は、秀吉の特異なキャラクターを誇張し過ぎな演技がいささかハナにつきました。しかし天下人になった現在の秀吉役としては、なかなかさまになっていると思います。
誇張し過ぎといえば、松方弘樹の徳川家康にもその傾向が見られます。秀吉、家康(ついでに言えば石原良純の福島正則も)を戯画的に演じさせる、これは今回のドラマの演出家、脚本家の方針によるものなのでしょう。
いずれ秀吉は死に、家康が戦国の世にピリオドを打つことになりま
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